合理的にあり得ない
～キャリアアドバイザー青山智香の解明～第3話

＞第1話はこちらから
＞＞第2話はこちらから

追跡

私が工場長を勤めるビニール工場に勤務するベトナム人技能実習生のマオさんが失踪した。
失踪とは人の所在や生死が知れなくなること。行方不明、蒸発、逃亡に類する行動。

出入国在留管理庁（法務省）の調査によれば技能実習生の失踪率は例年約3%。実習生の母数が右肩上がりなのを踏まえると、それが見逃せない数値であることは容易に想像できるだろう。
事実、今、私の目の前で失踪事件が起き、万が一の対応を迫られている。“万が一”が表す“もしも”は、思ったより平気で起こりうるものなのかもしれない。



さて、ここで初見の皆さんに事の次第をお伝えしたいと思う。
始業後2時間以上経っても連絡が取れないマオさんであるが、同じ寮のダイチさんによれば彼は昨夜から音信不通になっているという。メッセージに既読がつかないことはおろか、Facebook等のSNSはブロックされており、組合（監理団体）の職員が寮に駆け付けたところ、部屋はもぬけの殻となっていた。無論、音声通話がつながるはずもない。同じ寮の実習生たちに聞いてみても誰も行先を知らず、事態は八方塞。

私たちとて、あまり大事にしたくないのだが、もはや警察に通報し捜索願を出す以外に方法がない、そんな状況である。まさかこのような形で警察やその他、関係各所の皆さんのお世話になるとは思ってもみなかったが、組合（監理団体）の迅速な対応のおかげで、聞き取り調査が実施されることになった。

無事に何かしらの手がかりが見つかるとよいのだが…。

休憩室に置き忘れてきたケータイを取りに戻ると、青山さんから着信があった。青山さんは、マオさんやダイチさんのような外国人技能実習生の受け入れ時にサポートに入ってくれる(株)キャムテックのキャリアアドバイザーだ。
定期的に実習生たちのケアに回ってくれるおかげで、初めての外国人雇用もなんとかここまで進められてきた。特に、青山さんは熱心に関わってくれており、私自身も実習生のみんなも頼りにしている女性だ。



「工場長！この度はご迷惑おかけして申し訳ありません！！

実は、ちょっと別ルートからの情報なんですが、マオさんは借金の返済に悩んでいたらしく、1か月ほど前に『借金の返済がすぐに終えられ、仕事もたくさんできる、時給もいまの2倍ぐらい貰える会社がある、その会社に移るにもビザの変更は不要で、ベトナム人技能実習生がたくさん在籍していて興味がある』といったことを口走っていたそうです。
相談された当人は、組合（監理団体）や会社に迷惑がかかるから、そういったことはやらないと断ったそうなんですが、その後マオさんがどうしたかまでは知らないそうで…。ただ、マオさんが手にしていた名刺の会社名は覚えているとのことで、今その会社に連絡を取っているところです。また情報わかり次第、ご連絡します！」

口早にこれらを伝えると、彼女は電話を切った。要するに、マオさんは甘い言葉に騙されてしまったということだろうか。冷静に考えればそんな都合の良い話などあるはずがない。となると、そうは思えないほどに切羽詰まっていたのだろう。

しかし、なんとまあ人の弱みに付け込む輩の多いことか…！



テレビではお昼の番組が始まり、グルメロケにスタジオが沸いている。こんな平和な日常の狭間、日本のどこかで、今まさに新たな事件が起きているに違いない。

♪あんた、そこに愛はあるんか～

トイレに向かおうとした足を止め、振り返ると、ド派手な女将姿の大地真央さんが軽やか且つダイナミックに宙を舞っていた。

そうだ、愛がいちばん。愛が1番なんだ…！！



つづく