合理的にあり得ない
～キャリアアドバイザー青山智香の解明～

ワタシ、青山智香は外国人材を雇用する企業や雇用される側の外国人が抱える課題を解決・サポートする業務に携わっている、いわゆるキャリアアドバイザー。
実はこれまでも珍事の解明に取り組み、全国を走り回っている（過去の事件はこちらからどうぞ）。

ひとえに
「外国人雇用の現場は予想だにせぬ出来事の連続である」
今日はそうした珍事をつまびらかにしながら、私たちの仕事を紹介していきたいと思う。

ナイフを持って暴れる男

ある日の夜。
久しぶりに定時で退社し、帰る道すがらスーパーに立ち寄っていると、一本の電話が入った。



日頃、滅多に電話などしてこない静岡の電気電子部品製造会社で働く、ベトナム人特定技能外国人男性ゴックさんからの電話だ。

青山
「もしもし？」

ゴック
「青山先生、ゴックです！浜松ハイツ105にいます。同じ部屋のドンさんとちょっと喧嘩になって……。そしたらナイフを持って壁を叩いて暴れて。部屋をぐるぐる…」



青山
「え？！それでゴックさんは今どこに？」

ゴック
「危ないから逃げました。今は玄関の前です、戻ってきました」

青山
「まだ、その、ドンさんは騒いでるの？」

ゴック
「いえ、静かです。ちょっと部屋の中、見てみます…（ドアの音）…あ、居ないみたいです。ナイフ、玄関の棚に置いてます。どこに行ったんだろう」

青山
「ひとまず安心ね。ちょっと状況はわからないけど、ナイフはゴックさんで保管しておいて？ワタシ、明日、静岡出張だったからついでに寄って話を聞くから、2人とも午後は部屋に居てね」

ゴック
「わかりました、ありがとうございます」

電話を切ると、背筋に寒気が走った。ナイフを持って暴れているなんて、ちょっと間違えれば警察沙汰になる。

ベトナムで伝わる迷信

翌朝、静岡出張を終えゴックさんとドンさんの待つ浜松ハイツへ向かった。あれから、ドンさんは深夜に戻ってきてすぐに就寝したそうだ。今朝も特に変わった様子はないとのこと。



チャイムを押すと、ゴックさんが出迎えてくれ、ドンさんが冷蔵庫からペットボトルのお茶を出してくれた。2人とも神妙な面持ちでこちらを見ている。

青山
「この後、すぐ東京に帰らなきゃいけないから、手短に話すね？ドンさん、昨日の夜、ナイフを持って暴れていたらしいけど、事情を教えてくれる？」

ドン
「すみません。言い合いをしていたらイライラして。ナイフは枕の横に置いておくといいから…」

青山
「待って？何それ、そんなこと誰に聞いたの？」

ドン
「幽霊や鬼はニンニクが嫌いです。悪い夢の時もニンニクとナイフを枕元に置いておくといいです」



青山
「えっと、それは、迷信ってことかしら」

ドン
「ベトナムはそうです。おばあちゃんに教えてもらって、そうしてきました」

ゴック
「ああ、それのことか」

ゴックさんがケータイで何か探しながら、説明が始まった。

ゴック
「青山先生、昔、ベトナムは漢字を使っていた時代があって、中国からの文化を多く継承している国です。中国の陰陽の考えが元になっていますが、幽霊や鬼はニンニクが嫌いといわれています。
陽の世界に生きているのが人間です。陰の世界にいるのが死んだ人、幽霊や鬼です。ニンニクは陰性で、磁石のように陰性同士で離れるから、持っていれば近寄らせないという意味があります。陰性の食べ物は他にもたくさんありますが、日常的に手に入りやすく、匂いも強いから、ニンニクが選ばれやすいです」



青山
「ということは、ナイフにもそういう意味があると？」

ドン
「私はナイフを置いています、ニンニクよりいいです！」

青山
「そういうことじゃないでしょう？日本は銃刀法違反といって、拳銃や刃物を持ち歩いていると警察につかまるのよ？」

ドン
「でも、家の中だから」

青山
「家の中だとしても、そんな危険な物を持って暴れてたらそれはもうアウトでしょう」

ドン
「はい…すみません」

青山
「ゴックさん、昨日、ビックリして電話くれたのよ？もう二度とそんなことしないで。というか、もう1回言うけど、日本では拳銃や刃物を持ち歩いていると警察につかまるの。違法なの！念のため、誓約書を書いてもらうわね？」

今日の珍事は、けが人こそ出なかったがどえらい珍事だった。どんな宗教も価値観も構わないが、本当の事件になってしまっては困る。

振り返ると、席を立ったゴックさんがそっとナイフをキッチンの棚にしまっていた。


終