合理的にあり得ない
～キャリアアドバイザー青山智香の解明～第1話

関東大震災？

20××年 23時15分。ベッドが一瞬浮き上がり、部屋中に衝撃が走った。

起き上がろうと腕に力を入れているのに、思うように身体を動かせない。辺りは真っ暗で、カーテンの隙間から街の灯りがぼんやりと漏れている。
壁に反射したその光を頼りになんとか状況を把握しようと試みているのだが、そもそも起き上がれそうもないほどの横揺れを感じている。

♪ピーィピーィピーィ地震です、ピーィピーィピーィ地震です…

10数年前に聞いたあの音だ。
再び強い揺れ……。
布団にもぐり込み、ひたすら揺れが収まるのを待った。



「あぁ、みんな無事かな。どうしてるだろう……」

昨夜は連日の出張から戻ったばかりで布団に入った瞬間、夢の中だった。もう、何も考えられないほど疲れていたはずなのに、今、私の頭は驚くほど冴えている。

気がつけば揺れは収まり、人々が叫ぶ声やサイレンが鳴り響いていた。

窓の外を確認すると海の方で赤く燃え上がる炎が暗闇を不気味に照らしている。
果たして、東京は、日本は、どういう状況だろうか。テレビもネットも落ちていて、情報収集しようがない。ただ、間違いなくこのままここに居ては命が危ない。



手探りで厚手の衣類を見つけ出し、枕元で充電していたケータイと耳元に落っこちていた眼鏡を握りしめ、部屋を出た。歩く度、何かにぶつかり、何かを踏んでいる気がする。が、そんなことをイチイチ考えている余裕などない。途中、テーブルの脇に転がっていた通勤バッグを拾った。
このバッグには、ひとしきり大事な物が入れてある。中を開けると今日は運良く、昨夜買ってバッグに入れたままのお茶とおにぎりが入っていた。
明日食べればいいやとなんとなくそのままにしていた食料が、これほどまでにありがたいとは…。

とにかく、次の揺れが来る前に早く外に出よう。

玄関を出て、いつものエレベーターとは逆方向へ向かう。

こういう時は鍵を掛けるものだろうか。オール電化の我が家はガスの元栓の心配はないはずだ。リビングにストックしていたミネラルウォーターをもう1本でも持ってくればよかった。ソファアに置いていたひざ掛けが見当たらなかったが、昨日どこで使ったんだっけ……。

階段を下り、自問自答を繰り返すうちに冷静さを取り戻してきた。

このまま停電が長引いたらどうしよう。震源地はどこだ？家族は皆、和歌山に居る。友達や会社の皆は…？技能実習生たちはパニックにならず無事に避難できているだろうか。つい先月、防災訓練に参加した子たちは……。



私は青山智香。
(株)キャムテックの海外事業部に所属しており、外国人材を雇用する企業や雇用される側の外国人が抱える課題を解決、サポートする仕事に携わっている。

外国人労働者の割合が最も多いとされるベトナムは地震が少なく、災害に対する心構えや知識が十分でないため、弊社研修施設で防災訓練を実施したり、地域の訓練に積極的に参加させてもらったりしている。
もちろん、ベトナム以外の外国人労働者にとっても、日本語による災害情報の取得、理解の難しさ、周囲とコミュニケーションが取れずに災害弱者になりやすい実情などがあることから、地震に限らず災害への意識を高める取り組みには弊社でも力を入れている。

とはいえ、訓練とリアルは全然空気が違う。
日本人である私ですら、今この状況をどのぐらい理解できているのか…。

外に出ると肌を刺すような冷気の中で、同じマンションや隣近所の住人が身を寄せ合っていた。小さい子と若い女性がむせび泣き、事態の恐ろしさに拍車をかけている。

「おい、火事になる！全員、今すぐここから逃げろー！」
後ろから、大柄の男性が飛び出してきた。

振り向くと、マンションの路地裏にある古い日本家屋から白い煙が立ち上っていた。

つづく