合理的にあり得ない
～キャリアアドバイザー青山智香の解明～

ワタシ、青山智香は外国人材を雇用する企業や雇用される側の外国人が抱える課題を解決・サポートする業務に携わっている、いわゆるキャリアアドバイザー。
実はこれまでも珍事の解明のため、全国を飛び回っている（過去の事件はこちらからどうぞ）。



ひとえに
「外国人雇用の現場は予想だにせぬ出来事の連続である」
今日はそうした珍事をつまびらかにしながら、私たちの仕事を紹介していきたいと思う。

サンキューメール

私の名前は、トゥアン23歳。技能実習生2年目でプラスチック製造工場に勤務している。今朝も、これから出社するところだ。

日本での生活にも慣れてきた。仕事もおかげさまで順調。だけど、困ったことに日本のご飯はたいていどんな物でも美味しくて食べ過ぎてしまう。会社の健康診断でも血糖値やコレステロール値に注意マークがついていた。気をつけなければと思ってはいるのだが「今日は仕事、頑張ったし…」「明日から仕事、頑張らなきゃ！」なんて言い訳をして、ご飯だけでなくスナック菓子やコンビニスイーツなど、さまざまな誘惑につい手が伸びてしまう。

昨夜、常備しているおやつ類を食べ切ってしまった。いつもなら、帰りにスーパーでまとめ買いするアイスだけど、どうしても食べたい時に1つだけ買って帰るようにしよう。

そう心に誓い、自転車にまたがると普段よりちょっと強めに自転車を漕ぎ、会社へ向かった。



昼休み。

手洗いうがいを済ませロッカールームに戻ると、レンジの前にお弁当を温める列ができていた。スマホで何やらチェックしているのか、全員漏れなくカクンと首が折れている。私もお弁当が入ったリュックを持って列の最後尾につけると、スマホを開いた。
いつものように友達からのFacebookのコメントやメッセージに返事をし、赤く光ったメールボックスを開封する。
今日はたくさんの通知が届いていた。先日、ネットショッピングでまとめ買いをしたので、そのサンキューメールや、モールからのポイントの案内、メルマガ配信など、午前のこの数時間で20通近くのメッセージが並んでいる。

いつもなら、ただスクロールするだけ、開封などしないのだが、その中で気になる件名が目に入ってしまった。

『春の無料キャンペーン！あなたにだけ特別にお送りするダイエットサプリ！』

ダイエット…。今朝、ちょうど気を引き締めたばかり。
なんだか気になってタップしてしまった。



ちょーっと待て！！！！！！
「無料キャンペーン」「特別」「ダイエットサプリ」「誰でも簡単」「プレゼント」「芸能人」「あなただけ」……などなど目を引くワードの数々。今、私が喉から手が出るほど欲しいダイエットサプリが、無料で手に入るなんて、なんてお得な情報なんだ！
続きを読んでみる。


「ねえねえ、トゥアンさん…？温めないんですか？レンジ空きましたけど…」
後ろから、同じ部署の女性職員さんが肩を叩いて声を掛けてくれた。そうだ、お弁当を温めるんだった。

ダイエット情報が気になって、すっかり周りが見えなくなっていた。
「ごめんなさい、今からします。ありがとうございます」

お礼を告げ、スマホを閉じる。
500Wで3分半、あたためを押した。

優しい女性からの電話

仕事を終え帰宅すると、お昼に見たメールの詳細を確認してみた。

アンケートフォームには簡単な質問事項と氏名と電話番号を入れる欄があり、5分もかからない内容だったため、お昼ご飯を食べながら早々に回答を済ませていた。これで本当にダイエットサプリが貰えるのかちょっと不審に思わなくもないが、そもそも無料ならどう転んでもいい。



スマホを置き、夕ご飯の支度をし始めた。
すると、見知らぬ番号からの着信があり一度目は間に合わず出られなかったが、すぐにまた同じ番号から着信があった。

トゥアン
「Hi？」

女性の声
「トゥアンさんですね？」

トゥアン
「誰…あ、どなたですか？」

女性の声
「失礼しました。〇〇ショップの田中です。ダイエットサプリの無料キャンペーンの件でご連絡しました。アンケートフォームへのご回答、ありがとうございました。早速ですが、トゥアンさんにサプリをお送りするにあたり、ご住所と銀行口座の情報も登録いただきたいと思っています。この後、改めてメールを送りますから、そちらにご回答いただけますか？」

トゥアン
「はい……。あっ…！」
思わず声が出てしまった。

少し前に、こうした事案をどこかで聞いた気がしたのだ。
そう、たぶんあれは青山先生。青山先生は私たちの仕事と生活をサポートしてくれる女性なのだが、マメに連絡をくれる。

トゥアン
「すみません。それはできません。大事な情報は人に教えてはいけないと言われました」

女性の声
「そうなんですね、わかりました。それではまた改めてご連絡します」

あっけなく電話は切れた。

とても優しそうな女性の声だった。悪いことを企んでいるとはとても思えないような。
でも、研修でもパスポートやビザ、銀行口座などの個人情報を安易に他人に開示してはいけないと言われてきた。今のは、まさに、そうしたことに踏み込む内容だったはず…。

危なかった。こうしてオイシイ情報を並べたり、油断させたりして情報を盗んでいくのが私たち、外国人技能実習生を狙った詐欺集団の手口なのだ。

スマホを開くと、すぐさま青山先生にチャットを送った。
すぐに既読がつく。
「引っかからなくて本当に良かった。そんな都合の良い話なんて、絶対ないから。そもそも、電話番号だって教えちゃだめだからね？」
返事がきた。

確かにその通りだ。まさかこんな日常に溶け込んで……。
まさか私なんかにという油断もあって完全に一瞬、騙されてしてしまった。

再びスマホが光る。
「ま、とりあえずOK。トゥアンさんが無事で良かった。この事案も、外国人雇用に取り組む企業の皆さんへの啓蒙活動に使わせてもらうわね」

━やっぱり。
青山先生はいつも仕事熱心だ。
私も気も身も引き締めて、がんばらなきゃだ。
最近、インドネシアの友達の間で流行っている、ちいかわのスタンプを2つ押す。
再び台所へ向かった。

終