シャイな日本人に愛想笑いはマナー違反?
インドネシア人留学生アプリリアのニッポン見聞録Vol.57
2026.01.21
私、伊能あやめは、日本で働きたいと願うひとりでも多くの海外の方に、負担のないクリーンな就職環境を提供できるよう日々、さまざまな業務にあたっている。今回は、我が事業部にやってきたインドネシア人留学生による見聞録をお届けしたい。
インドネシア人留学生エンリのニッポン見聞録
シャイな日本人に愛想笑いはマナー違反?

弊社では、インドネシアの名門校であり最も歴史ある日本語教育機関でもある国立パジャジャラン大学日本語学科より、インターン生を受け入れることとなった。学生らは将来、日本での就職を希望している。一方で、企業が海外の優秀な大学生を新卒で採用するメリットは、将来有望なASEAN市場に精通した人材を早期に確保できる点にある。彼、彼女らは高い学習意欲と多言語対応力を持ち、日本文化への理解も深く、異文化環境にも柔軟に対応できるため、グローバル展開を目指す企業にとっては、コストパフォーマンスに優れた戦略的な人材となる。
また、弊社で新たに開発した外国人材採用プラットフォームMintoku messeでは、そうした優秀な新卒の外国人材を求人を出すだけで現地に出向かず採用できる。
Mintoku messeは、ベトナム・インドネシアを中心としたアジアのトップ大学と提携し、
企業と海外人材をつなぐ採用プラットフォームです。日本語力や専門性を備えた理系・文系の学生と、現地に行かずに出会える仕組みを構築。提携大学内での就職相談会やマッチングイベントをMintokuが代行し、企業は求人情報を提供するだけで優秀な人材の確保が可能です。さらに、採用後の住居手配や生活サポートも一貫して対応。
“採って終わり”ではなく、定着と活躍まで見据えたグローバル採用を実現します。

部署間を越え、既にSNSマーケティング部門にて即戦力として活躍中の2人。改めて、今日はアプリリア ヌルマウリさん(以下、アプリリアさん)の見聞録をお届けする。
挨拶しないのがマナー?
「あやめさん!今日、初めてすれ違った日本人に声をかけられました!!」
「え?どういうこと?!」
夕礼後、席に戻ろうとする私にアプリリアさんがうれしそうに駆け寄ってきた。
「今日、出勤途中の話です。駅まで歩いていて、すれ違う人と、何人か目が合って……」
彼女はそこで少し言葉を選ぶように間を置いた。

「インドネシアでは、知らない人でも目が合ったら笑顔を向けるのは普通の“愛想”なんです。挨拶の代わり、みたいなものですね。でも、日本人はそもそも人の顔を見て歩いてないからなかなか目が合わないんです……」
「確かに(笑)」
「そうですよね?日本人は忙しないです。特に朝と夕方、通勤の時間は何かに向かって突進するみたいに、無心で歩いてる人ばかりですよ?」
「それは、否めない!あはは、面白いね!それで?」
「だから、いつものように、ちょっとだけ笑顔を向けたんです。ほんの一瞬ですけど。いつもは目があっても、スルーが普通というか、びっくりした顔をされたり、目をそらされたり。中には、少し警戒したような表情の人もいます……」
「もしかして?」
「はい!今日、初めて微笑まれたんです。いつもスルーされるのが普通だからあまり人の顔を見ないように歩いてました」
「なるほど。日本人の真似するようになってたんだね」
「そうです。無関心で、無心です(笑)だけど、今日は朝から家族と電話をしていたのでちょっと気が緩んでいて、なんだか良い気分で歩いてたんです。それで、つい、あちらから来る人に微笑んでしまって。あ、また『外国の変な子だ』って思われるのかなってすぐ目を逸らしたんですが、ちょうど信号で止まりました。そしたら、相手の方がにこっと微笑んで私の目を見て『どこの国から来たんですか?』って話しかけてくれて」
「おお、珍しい!」
「はい!駅はすぐそこだったので、横断歩道を渡って構内で別れましたが、インドネシアのこと、少し話しました」
「へえ、よかったね」

「えへへ。日本に来て初めの頃は、通りすがりの人に笑顔を向けていましたが、無反応かビクッととされることが多くて。私、何か失礼なことをしたのかなって思っていました」
「驚いちゃうのはそうなんだけど、でも決して失礼ではないよ!子どもの頃は“近所の人に会ったら挨拶せよ”って教わってたぐらい。けど、今は防犯意識の高まりでそれすらなくなったし、大人になるにつれ自我が出てくると、知らない人に声をかけるのってちょっと気恥ずかしさなんかもあるしね。……なんとも言えないんだけど、とにかく、最近は道行く人と笑顔や言葉を交わすってないからびっくりしちゃうのよ」
アプリリアさんはちょっと不服そうに会話を続けた。
挨拶するマナー
「日本のマナーは難しいですよ。会社では“挨拶は大切です”って、はっきり教えられますよね。朝も、会議でも、きちんと。ビジネスマナー研修でも挨拶はしっかりします」
「そうだね」
「なのに、会社を一歩出たら、全然違います。挨拶は難しいですが、愛想笑いで少し交流を持とうとすると、距離を取られる。日本人はシャイだと聞いていましたけど……ここまでとは思いませんでしたから、最初の頃はこの感じがよくわかりませんでした」
「なるほどね」
「日本は逆だとわかりましたが、インドネシアでは笑顔がない方が、何か怒っているのかなって心配になります。マナー違反とまでは言いませんが」
「面白いよね。同じ“笑顔”なのに。もしかすると日本では、笑顔は“関係がある人”に向けるもの、という感覚が強いのかもしれないね。友達とか、同僚とか。だから、知らない人から向けられると、“どうして?”って考えてしまう」
「理由が、必要なんですね」
「そう。理由がないと、距離を保とうとする…かな?」
アプリリアさんはゆっくり頷いた。
「文化の違いを、頭では理解しているつもりでした。でも、実際に体験すると……ちょっと寂しい気持ちになります」
好意的な気持ちで来日した彼女らにとって、文化や風習の違いは良い方にも悪い方にも作用してしまう。こうした“笑顔”の交流も、そうしたひとつなのかもしれない。

「日本に来てから、みんなとても親切です。道を聞けば丁寧に教えてくれるし、会社も誰でも優しい。でも、その優しさは、決められた場面の中にある感じがします。だから、日本人がシャイなのは知っていますが、駅ですれ違うだけの人と、ほんの一瞬でも気持ちを共有できたらいいなって…ときどき思ってしまいます」
私は、彼女の視線の先にある夕焼けを見た。オレンジ色の光が、ビルのガラスに反射している。
「アプリリアさんの感覚は、間違ってないよ」
「……本当ですか?」
「日本のやり方が“普通”なわけでも、インドネシアのやり方が“特別”なわけでもない。ただ、価値観の置き場所が違うだけ」
私はそう言いながら、自分自身がどれだけ無意識に“日本の普通”の中で生きてきたかを思い返す。
「日本では、距離を保つことが礼儀になることが多いのかもしれないね。ハグの文化もないし、握手だってそうそうしないもの。礼儀と性質と、関係ないといえば関係ないよね。…でも、アプリリアさんの笑顔は、ちゃんとどんな相手と距離を縮めようとする一種の礼儀なんだと思うよ?」
アプリリアさんは、少し安心したように微笑んだ。
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
「少なくとも、会社の中でのアプリリアさんの笑顔は、みんなを助けてるしね」
「…本当ですか。良かった……ありがとうございます」
彼女は立ち上がり、深く一礼した。その所作も、すっかり日本の職場に馴染んでいる。デスクに戻っていく彼女の背中を見ながら、私は思った。

異なる文化を持つ誰かが驚き、戸惑い、言葉にしてくれることで、私たちは初めて、自分たちの“当たり前”を自覚するのだと。駅ですれ違う誰かに、笑顔を向ける勇気。それは、日本では少し特別な行為かもしれない。けれど、いつかその特別が、もう少しだけ日常に近づいたらいい。
私は、そんなことを考えながら、冷めかけたコーヒーを口に含んだ。
終
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