ご飯の置き方とその意味に宿る千年の歴史
2026.02.26
みなさん、こんにちは。
教えてタイムスくんのコーナーです。
今日は私たちの日常に潜む何気ない決まりごとがテーマとなった珍事。日本人読者のみなさんも、自国の文化についてその意味を再認識する良いきっかけとしていただけるとうれしいです!
キャリアアドバイザー「伊能あやめ」:外国人雇用に取り組む企業や雇用される側の外国人人材が抱える課題を解決・サポートする業務に携わる弊社のキャリアアドバイザー。過去に青山智香と共に解決してきた事件はこちらから。
マイさん:ベトナム出身の特定技能生。
ご飯の置き方に決まりはありますか?
「あー!いい匂い。私もお腹すいちゃったなー」
食堂の片隅で気配を消して奥の席に座るマイさんを観察する私。時折、そんな私に気づいて挨拶して行かれる社員さんやお掃除スタッフさん……。
今日の私は、とある食品加工工場にお邪魔している。
つい先日、こちらの担当者さんから「マイさんが他の社員さんと言い合いになってしまった」と聞き、様子を伺いに来たのだ。どうやら食事マナーについて揉めたとかなんとか。とは言え、たいした話でもなく、その場も丸く収まったそうなので、午後の面談ついでに、昼休みの時間からここに待機してマイさんの様子を観察している状況だ。
マイさんはスマホを食器が並んだトレーの横に置き、画面と見比べながらお皿を上下左右に動かしている。相変わらず神経質というか生真面目というか。
私は頃合いを見計らって立ち上がった。
「マイさん、お疲れ様。お箸が進んでいないみたいだけど、どうしたの?」
後ろから声をかける。
「わ、あやめさん。いつ来ましたか?もう面談ですか?」
「いやいや、違うのよ。マイさんが元気ないって聞いたからちょっと早く来てみたの」
「あ、うーん。大丈夫です。日本のマナーは難しいので勉強しながら食べてますから」
「そっか、ならよかった」
「でもね、あやめさん。私、日本に来る前に勉強しました。ご飯は左、お味噌汁は右、それが正しいって。でも、日本人はあまり守っていませんね。日本はもっと真面目と思っていましたから、どれを信じればいいかわかりません。適当にするのは失礼だけど、何が本当の正解ですか?」
「左」「右」に宿る千年の歴史
「なるほど。たしかにいろんな人がいて、マイさんも混乱しちゃうわよね。でも、あなたが最初に学んだ『ご飯が左』という形には、実はとても深〜い意味があるのよ」
「へぇ…!?」
マイさんの目がキラリと光る。
彼女は日本の文化や伝統が好きなのだ。私は指を3本立て、人差し指だけを残して背筋をグッと伸ばした。
「1つ目は、お米への敬意。日本では古くから、お米は通貨や年貢にも使われるほど清らかで大切なものとされてきたの。だから、『清らかなものは左、そうでないものは右』という『左清右濁(させいうだく)』という考え方で、ご飯は特別な場所である左側に置かれるようになったの」
「清らかなもの……?お米はおひゃくしょう?の汗の粒、だから残したらいけないと聞きました。ふうん、神様という話がありますか」
「そうね。それは『お米はお百姓さん、つまり農家さんの苦労があって実ったものだから、一粒残らず食べなさい』という話のことだと思う。命に『いただきます』という日本の文化にも通ずるところがあるかもしれないわね」
「農家さん、そうです。ご飯粒は残さない。食べる前に手を合わせて『いただきます』をします」
「そうそう、大事なこと。2つ目は、古い中国の思想が元になった『左上右下(さじょううげ)』の考え方。偉い皇帝から見て、日が昇る東側にあたる『左』を上位とする考え方。一番大切な命の源であるご飯を、最も尊い場所に置くという知恵なのよ」
「なるほど」
マイさんは、お茶碗を大切そうに少し手前に引き寄せた。
「3つ目は、日本の歴史ね。武士は左に刀を差し、右手で抜く。だから武家社会では右利きが当たり前で、右手でお箸を持ち、左手でお茶碗を持つのが最も理にかなっていたの。それが、もてなすための饗応料理(きょうおうりょうり)として形作られ、今の『食べやすさ』に繋がっているのよ」
「歴史と、使いやすさ。どちらも大切ですね」
「そうそう。だからね、マイさん。あなたが注意した“自由な並べ方”をしている人たちも、心の中ではこの基本を知っているわ。ただ、その時の状況や食べやすさで、少しだけ形を崩している人もいる。まあ最近は家庭でも厳しく言われなくなったし、そうした意識は薄れつつあるけど、ご飯の置き方ってのはれっきとしたマナーだからマイさんが正しい。ただ、注意するほどではなかったかなと思うけどね(笑)」
「……そうですか。……ですね。ルールを守らないといけないと思いすぎました。でも、やっぱり知っていますね。日本は教育が優秀な国だから」
マイさんの表情が、ふっと緩んだ。
「ま、そんなところだから、おいしく食べて!食事は体も心も元気にするものだからね」
「はい!」
「じゃあ、私は会議室で待ってるから昼休みが終わったらいらっしゃい。そうそう、ご飯、よく噛んで食べて」
「ありがとうございます」
私は席を立ち、食堂を出た。そして、そっとさっきの会話を心の中で反芻した。
(マイさん、あなたが疑問に思ったこと。それは、本当に素晴らしいことなのよ)
私はあえて伝えなかった4つ目の理由を思い起こす。
私たちには利き手がある。世の中には一定、左利きの人が存在する。でも、ご飯の置き方を逆にしてしまったら、それは「逆さ膳」といって“亡くなった方にお供えする形”になってしまうのだ。
生者の世界と死者の世界を分ける「逆事(さかごと)」の教え。ご飯を左に置くことは、単なるマナーだけでなく「私は今、生きていて、この命の恵みに感謝しています」という、生の世界への鮮やかな境界線を引く行為なのだ。
家庭や学校での教育が疎かになり、形(型)を大切にすることすらも形骸化しがちな昨今の風潮はやはり寂しい。連綿と続いてきた文化、習慣、価値観、伝統を継承すべくその意味を自らの手に取り戻さなければ、本当の意味で世界とは対峙できない。目に見える部分を真似るだけでは物事の本質に辿り着くことはできないからだ。
異文化理解とは本来その上に成り立つものであると思う。そして私たち日本人は、日本人としてそうした部分を外国人に伝えていく必要があるだろう。
#ご飯の置き方 #日本にしかない文化
終
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