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互いの宗教観について、たまには語り合わない? 〜日本にしかない文化・習慣・価値観を知る〜

生活関連

2026.02.18

みなさん、こんにちは。
教えてタイムスくんのコーナーです。

さて、前回は「ハラール(ハラル)弁当事件」と題して、イスラム教のルールと信仰について語りました。すると同僚のクリスチャン&ムスリムから「日本人の宗教観も教えてよ。ほら、日本にしかない文化とか習慣とか価値観って、いろんな場面で見聞き・体験するけどさ…本人の口からリアルな声、聞いてみたいじゃん?」と質問責めに遭いました。

そこで!

今日は互いの宗教観についてざっくばらんに問答してみたいと思います。

宗教は“思想”より“生活ツール”に近い

話を聞けば聞くほど思うことがある。多くの人にとって宗教は、人生を縛るルールブックというより、生活を整えるためのツールなのだと。毎日祈る人も、たまに祈る人も、祈らないけど「自分はそういうルーツにある」と思っている人もいる。正解は一つじゃない。

ちなみに私の同僚のキリスト教信者は、日曜日には自宅から電車で30分ほどの教会に毎週礼拝に出かけている。母国にいたときには家族と、現在は単身で来日しているので一人または同僚や友人と参加するとのこと。

「ねえねえ。毎週教会に通うって、大変じゃない?それって義務なの?どういう感覚なの?」

すると、彼は真剣に答えてくれた。

「私たちは神に赦され生きている。その1週間の自身の言動、身の周りで起きた出来事について、良いことは神に感謝し、悪いことは神に赦しを請う。そうやって私たちは生かされているんだよ。義務感についてはどうだろう。きっと、多くの家庭がそうであったように、私も幼少期から毎週末の家族行事として教会に行くことが普通だった。だから、義務というよりそれが至極当然の行動だと思ってる。今だって、大変(面倒)みたいな感覚などないさ」

同じ質問を、礼拝を欠かさないイスラム教徒の同僚にもしてみた。

「ねえねえ。1日に5回もお祈りするって、大変じゃない?それって義務なの?どういう感覚なの?」

「神の前では、私たちはみな同じちっぽけな人間だ。お金があってもなくても、肩書きがあってもなくても、関係ない。うまくいくことも、つまずくことも、生きることも死ぬことも、神の御心の中にある。それでも私たちは、つい自分のことで頭がいっぱいになってしまう。驕ったり、文句を言ったり、悩みすぎたりして、いつの間にか世界を自分中心に見てしまうんだね。だから、ときどき立ち止まって振り返る。それが礼拝の意味であり、“自分は何者なのか”を思い出す時間なんだ」

すると、彼らから問われた。

「ねえ。じゃあ、あなたの(日本人の)宗教観を教えてよ」

虚をつかれ、口ごもる私。
それはきっと私が無宗教だから……。決まった日時にお参りするほど律儀ではない。

彼らに正直にそう伝えると

「日本人はよく“私は無宗教”って言うけど、“八百万の神”って言うぐらい何にでも神様が宿る神の国なんだよね。いろんなところに、祠があって神様が祀られているし、なにかにつけ神社仏閣に手を合わせに行くでしょう?中には1日(朔日)や15日参りをする人もいるって聞くよ。それは、もうちゃんと宗教だよね」

「そうそう!日本って、神社もお寺もあって不思議だよね?さすが、受け入れ上手。自分たちのものに昇華するのが上手な国だね。でも、なんで神道も仏教もどちらも並列して存在するんだろう」

じゃあ、今日は、日本の神仏習合の考え方について歴史を踏まえて紹介するね。

そもそも日本は「神仏ごちゃまぜ」がデフォだった

みなさんは「本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)」をご存じですか。

本地垂迹説とは、神仏習合(しんぶつしゅうごう)を代表する思想のことで、これは“仏が人々を救うため、本来の姿を隠し、神という形でこの世に現れた”とする考え方で、こうした理解のもと、神社の境内に寺院(神宮寺)が建てられたり、寺院の中に神が祀られたりと、神道と仏教は自然に共存してきたわけです。

だから、日本では長い間、神社に仏様、お寺に神様がいらっしゃることになんの違和感もない国でした。たとえば

1. 八幡神と阿弥陀仏

八幡神(応神天皇とされる)は、神仏習合の歴史の中で最も早く仏教と結びついた神様の一つ。

  •   ● 本地(本来の姿): 阿弥陀如来
  •   ● 垂迹(現れた姿): 八幡大菩薩
  •   ● 背景:奈良時代の東大寺大仏建立を助けたという伝説もあり、後に「八幡大菩薩」という仏教的な称号で呼ばれるようになった。

2. 春日大社と仏教の関わり

春日大社は、興福寺(法相宗の大本山)と一体となり、「春日権現(かすがごんげん)」として崇められた。

  •   ● 守護神としての役割:興福寺の鎮守社であり、藤原氏の氏神として、仏教の教えを護る強力な力を持つと考えられていた。
  •   ● 本地仏:鹿島明神(武甕槌命)の本地は釈迦如来とされるなど、それぞれの祭神に仏が割り当てられている。

3. 比叡山と日吉大社(山王信仰)

比叡山延暦寺を開いた最澄(伝教大師)は、比叡山の地主神を大切にしていた。

  •   ● 山王権現(さんのうごんげん):日吉大社の神々は「山王(山の王)」と呼ばれ、天台宗の教えを護る守護神となった。
  •   ● 神仏一如:「比叡山に行けば、仏も神も同時に拝むことになる」という、天台宗特有の強い結びつきが形成された。

といったように、両者は互いに影響を与え合いながら、日本の宗教文化として独自の発展を遂げていったのです。今でも、上記だけでなく、お寺に「鳥居」があったり、神社の中に「観音堂」が残っていたりする場所(たとえば、成田山新勝寺や豊川稲荷など)はたくさんあります。

現代の感覚だと「え!そこ、混ぜるの?混ぜていいの?」という方もいるかもしれませんが、当時の日本人はまったく違和感を持っていませんでした。理由はシンプルで、

神も仏も「人を守ってくださる存在」ならば「一緒にお祀りして何が悪い?」

という感じ。超実用主義とも言えるでしょうか。まさに日本にしかない文化・習慣・価値観。すごい&おもしろい!

*整理

「神仏習合」とは
日本古来の神道と、外来の仏教が結びつき、神と仏を対立するものではなく、同じ存在として、あるいは一体のものとして信仰するようになった日本独特の宗教観のこと。

「神仏習合」の考えを変えたのは誰か?

この状態をひっくり返したのが明治政府です。1868年、明治維新直後に出されたのが「神仏分離令(しんぶつぶんりれい)」。うーん、日本語ムズカシイね。

なぜ神道と仏教を分けたのか?

なんと、理由は「宗教上の純粋さ」ではありません。政治です。理由は以下。

① 天皇を「唯一の中心」にしたかった

近代国家を作るには、国民をまとめる「軸」とヨーロッパ列強に負けない国家理念が必要でした。そこで明治政府が選んだのが

「天皇 = 日本そのもの」「 天皇の祖先 = 神」
つまり天皇は神聖な存在=天皇中心の国家統合

という構図。

そのためには

  •   ● 天皇と直結する「神道」を前面に出す

  •   ● 外来宗教である「仏教」の影を薄める

必要があったんですね。しかし、ここで問題が……。

② 仏教勢力の弱体化を図る

この政策は簡単には進められませんでした。なぜなら、江戸時代まで

  •   ● 寺は行政機関

  •   ● 人口管理(檀家制度)

  •   ● 学問・教育の中心

つまり、仏教界は超・権力者だったのです。

明治政府から見ると

「寺院、強すぎん?」
「国家運営に邪魔だな」

となってしまった。

そこで

  •   ● 神道を“国の宗教的基盤”に引き上げる

  •   ● 仏教を“一宗教”に格下げる

という整理が行われました。日本史で散々、僧侶や寺社勢力による反乱(一揆、焼き討ち)、勉強しませんでした?有史以来、お坊さんたちは力を持ってたってことです。

③ 西洋に「近代国家」っぽく見せたかった

当時の日本は

「植民地にされるかもしれない!」
「列強に舐められたら終わりや!」

という切迫感がありました。今の日本政府は見倣ってほしい(笑)

ヨーロッパ諸国を見ると

  •   ● キリスト教

  •   ● 国家

  •   ● 王権

がセットになっている。
それを見て日本は

「じゃあウチも「国家+宗教+最高権威」のセットを作ろうじゃないの」

となった。

これが“国家神道”の発想です。ま、対外的なアピールなんですけどね。

神仏分離令の結果、起きたこと

廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)

神仏分離令を出した結果、現場が暴走し、仏像を壊す、寺を潰す、僧侶を還俗させるといった出来事が全国で発生。政府の意図以上に、現場が「仏教いらんのか!?」と過激化しました。結果として、神仏分離令は近代化よりも違和感と反発を残しました。

ただし、政府は当初「神と仏を分けてね」と言っただけで「壊せ」とまでは言ってません。江戸時代に寺院(檀家制度)に厳しく管理されていた民衆や、不遇をかこっていた神職たちの長年のストレスが爆発し、想像を絶する破壊活動(仏像を薪にしたり、経典を川に流したり)につながってしまったようで…。のちに明治政府は「やりすぎた」と軌道修正しています。

また、明治後半、政府はさらに面白い論理を展開しました。

「宗教は個人の自由だが、国家神道は日本人の道徳・儀礼であって宗教ではない」

と言い張ったのです。この「宗教じゃないから全員参加ね」という力技が、後の国家体制を支えることになりました。

日本人の宗教観が「カオス」になった理由

ここが面白いところであり、現代につながる部分。

国は無理やり分けた

でも

庶民の感覚は変わらなかった

だって、分ける理由がないんだもん。

神仏習合の時代、日本人はこう考えていました。

  •   ● 神 → 身近で現世的な守り

  •   ● 仏 → 死後や来世、深い救い

これは対立ではなく、分業です。たとえるなら、かかりつけ医と専門医、親と先生みたいなところでしょうか。それぞれに必要で「どちらかを消す」という発想がそもそもなかったんです。そこへ突然「今日からどちらか一方にしてください」と言われたようなもので、そんな考えがなじむわけありませんよね。

日本人の宗教観は「足し算」型

日本人の宗教観は、「排他」「二者択一」「一神のみ」ではなく、足していく、重ねていく…そんなタイプではないでしょうか。線引きして排除する(引き算)の思想は日本人の感覚に合わなかった。結果的に、家には仏壇が残るし、地域のお祭りは続くし、行事は宗教関係なく全部やっちゃう。だから今でも、神社で七五三をし、教会で結婚式を挙げ、お寺で葬式をするという“宗教全部盛り”文化が残っているのです。

制度上は分けたけど、心の中までは分けられなかったんですねー。宗教戦争さながら?心理的闘争。なんだか、胸が熱くなります。同じ日本人として。

そんなわけで、日本人の宗教観がゆるくてカオスなのは

もともとの文化+政治的な後付けの合わせ技=日本にしかない文化・習慣・価値観の爆誕!

という日本人らしい感覚があってこそだとご理解いただけたでしょうか。

私たちはいつの時代も「困ったら神にも仏にも手を合わせる」そんな民族なんでしょうね。

今日のまとめ:宗教ってわりと身近にあるのです

宗教って聞くと、つい「思想」だとか「教義」とかって身構えがちですが、話を聞いたり、自身や身の回りの生活を思い起こしたりしてみると、“単なる生活を整える一種のツール”なんじゃないかと思うわけです。

毎日、毎週、礼拝をする人も、気が向いたときだけ神に手を合わせる人も、それはそれで全部アリ。神様って偉大ですね。そして改めて、日本にしかない文化・習慣・価値観に、万歳。

よーし!うれしくなっちゃったから仏壇に手を合わせて、神社に参拝してこよーっと。

※本稿は、青山智香・伊能ゆりな&あやめの事件簿に掲出しそびれた事件簿を元に編集しています。過去の記事はこちらからお楽しみください。

#日本にしかない文化 #日本の習慣

 






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